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2010/05/14
001赤間神宮 旧官幣大社、別表神社 毎年初詣に参詣
750-0003 下関市阿弥陀寺町4−1 JR下関駅よりサンデン交通バス国道線小月営業所行きなどに乗車9分、「赤間神宮前」下車。
祭神:安徳天皇
創建:建久2(1191)年(神社としては明治5年) 例祭:5月2〜4日(先帝祭)、10月7日
文治元年(1185)の壇ノ浦の戦いで入水した安徳天皇の遺体は御裳川で引き上げられ、赤間関(下関)・紅石山麓の阿弥陀寺境内に埋葬された。
建久2年(1191)、勅命により御陵に御影堂が建立され、建礼門院ゆかりの尼を奉仕させたのが始まりであり、以後、勅願寺として崇敬を受けた。
明治の神仏分離により阿弥陀寺は廃されたが、御影堂は神社となって「天皇社」と改称した。
明治8年(1875)10月7日、赤間宮に改称し、官幣中社に列格した。
昭和15年(1940)8月1日、官幣大社に昇格し赤間神宮に改称し。
第二次大戦により社殿を焼失たが、戦後順次社殿を新築し、昭和40年(1965)4月に完工した。

安徳天皇のほかに、源平壇ノ浦の合戦で滅んだ平家一門を祀る。
境内には安徳天皇陵、平家一門の墓、耳無し芳一堂、鎮守八幡宮などがある。
→赤間神宮ホームページへ
独特の水天門は戦後に建てられた物で、戦前は普通の(?)楼門だったそうです。
子供の頃の記憶では先帝祭はかつては4月24日に行われていたと思います。
国道を挟んで正面から 水天門 水天門(反対の東側から) 赤間神宮由来説明看板 水天門から拝殿を望む

外拝殿 摂社・鎮守八幡宮 鎮守八幡宮の由来説明看板 平家一門の墓 平家一門の墓埋葬者名

耳なし芳一堂と芳一木像 摂社・紅石稲荷参道 安徳天皇陵 交通安全ステッカー

パンフレット 昭和10年頃の赤間神宮拝殿 御朱印