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2010/05/23
064 朝田神社 旧郷社 2009.5.11 参詣
753-0861 山口市矢原1241
祭神:罔象女神、伊邪那美神、表筒男神、中筒男神、底筒男神、応神天皇、気長足姫神、仁徳天皇、
    田心姫神、湍津姫神、市杵島姫神、素盞嗚命
創建:明治39年(1906)合祀 例祭:11月19日
当社は明治39年(1906)、神社整理に関する内務省令発布により、元大歳村内の1郷社と6村社が合祠し、旧住吉神社の社地で朝田神社と称することになった。
この時の7社の沿革は次の通り。
●五ノ宮大明神(朝田・旧郷社)創建の年月は不詳。
周防五社の内の一社で、五ノ宮大明神と称され、大内氏の崇敬篤く、室町時代の明応6年(1497)、大内義興の五社参詣の記録がある。
再建立の棟札に、明応8年(1499)とある。
●八幡宮(高井・旧村社)創建年月は不詳。
豊前国宇佐八幡宮より勧請。再建立の棟札に、室町時代の享禄2年(1529)とあった。
●熊野神社(勝井・旧村社)大内弘世公が、紀伊国熊野神社より勧請という。
大内義隆公の時(天文年間)、陶隆房の放火により焼失。
江戸時代の承応2年(1653)、再建と伝えられる。
●八幡宮(黒川・旧村社)山城国男山八幡宮より勧請という。
洪水により流されることが多く、江戸時代の慶長15年(1610)移転。
本殿再建立の棟札は享保6年(1721)、舞殿再興の棟札は享保21年(1736)とあった。
●住吉神社(現社地、矢原・旧村社)摂津国住吉神社より勧請という。
再建立の棟札に安土桃山時代の天正8年(1580)とある。
●若宮八幡宮(矢原)鎌倉時代の正安元年(1299)、豊前国宇佐八幡宮より勧請と伝える。
川端に社あり、洪水の折古記等流失。
室町時代の天文2年(1533)、再建立という。
●八幡宮(正八幡・小八幡とも称す、上湯田)往古鎌倉鶴岡八幡宮より勧請と伝えるが、詳細は不明。
江戸時代の延宝8年(1680)、平川村平清水八幡宮より勧請の説もある。

明治39年(1906)、大歳村会で合祀を可決した。同年末、合祀のための組織づくりに着手し、新委員により新しい神社は村の中央にある住吉神社(旧村社)境内とし、社殿は総ての旧社殿を移転して建設することになった。
同42年(1909)、知事の認可を受けてから、氏子は交代で整地奉仕作業を続けた。
同年末には本殿・幣殿・拝殿が落成し、正遷座祭を斎行した。
この後も引き続き、付属物や馬場・参道の整地等の土木工事が行われ、大正2年(1913)、満7ヶ年を要した大工事は終了した。
(山口県神社誌より)
JR山口線の矢原駅近くにあり、境内まで車で入っていけます。
二の鳥居 鐘楼 楼門 楼門に掛かった旧住吉神社の社号額 拝殿正面

拝殿奥に掛かった社号額 本殿 全景 境内より参道から一の鳥居方向を望む