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2011/06/17
z052 成田山  新勝寺 真言宗智山派大本山 1997.5.4参詣
286-0023 千葉県成田市成田1 関東三十六不動霊場第三十六番札所。
成田山新勝寺は、天慶3年(940)寛朝大僧正により開山。
寛朝大僧正は、朱雀天皇より平将門の乱平定の密勅を受け、弘法大師作の不動明王を奉持し難波の津より海路東上して尾垂ヶ浜(千葉県山武郡横芝光町)に上陸、更に陸路成田の地に至り、乱平定のため平和祈願の護摩を奉修し成満された。
大任を果たした大僧正は再び御尊像とともに都へ帰ろうとしたが不思議にも御尊像は磐石のごとく微動だにしない、やがて「我が願いは尽くる事なし、永くこの地に留まりて無辺の衆生を利益せん」とのお告が響いた。
これを聞いた天皇は深く感動され、国司に命じてお堂を建立し「新勝寺」の寺号を授与し、ここに東国鎮護の霊場として「成田山」が開山された。
その後、戦国期の混乱の中で荒廃し、江戸時代までは寂れていた。
江戸時代になって、江戸でたびたび成田不動の「出開帳」が行われた。元禄16年(1703)、深川永代寺で行われたのが初めで、江戸時代を通じて12回の出開帳が行われた記録がある。
歌舞伎役者の市川團十郎が成田不動に帰依して「成田屋」の屋号を名乗り、不動明王が登場する芝居を打ったことなどもあいまって、成田不動は庶民の信仰を集め、成田参詣が盛んとなった。
→新勝寺のホームページ
仁王門 釈迦堂
立っているのは管理人のYASです
三重塔と聖徳太子堂(左)と一切経堂(右) 光明堂 広い境内


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平和大塔前から見た西洋庭園