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2010/05/04
z008 堂ヶ峯  阿弥陀院 真言宗醍醐派別院 2008.4.15 参詣
805-0016 北九州市八幡東区高見5-1-32 九州八十八ヶ所霊場第十七番札所
九州三十三観音霊場第三番札所
阿弥陀院は、明治28年(1895)12月、京都市伏見区の総本山醍醐寺から、北九州の小倉へ移転してきました。
もとは承久元年(1239)醍醐寺山内に建立された塔頭寺院で、後白河天皇の長女覲子内親王、宣陽門院の御願により、成賢座主が開山されたお寺です。
後の文正二年(1467)に起こった応仁の乱の折には、醍醐寺も戦火に巻き込まれて、衰退の一途をたどりました。
しかしながら慶長年間には、座主義演僧正に帰依していた豊臣秀吉の力によって、醍醐寺は再建され、阿弥陀院もこの時に再び法灯を回復して本山護持の務めを果たしています。
法灯を回復した阿弥陀院も、明治維新の廃仏毀釈の影響を受けるのですが、その中で地元九州の篤信者によって、九州は小倉の地へと移されることになったのです。
そして後の明治44年(1911)、時の住持大西孝厳師は八幡村荒生田に寺を移します。そしてさらに昭和10年(1935)には現在地の堂ヶ峯に移転するに至りました。
→阿弥陀院のホームページ
桜は既に散っていましたが、境内には皐月などの春の花が咲き誇っていました。
参道脇の寺号石標 掲示板 庫裡 花に囲まれた本堂を見上げる 本堂正面から

修行大師像 多宝塔(納骨堂) 祖師堂 本堂 本堂に掛けられた院号札