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2010/05/05
z014 三縁山  増上寺 浄土宗鎮西派大本山 2007.12.1 参詣
2008.8.10 再訪
105-0011  東京都港区芝公園4丁目7-35
空海の弟子・宗叡が武蔵国貝塚(今の千代田区麹町・紀尾井町あたり)に建立した光明寺が増上寺の前身だという。
その後、室町時代の明徳4年(1393)、酉誉聖聡の時、真言宗から浄土宗に改宗した。この聖聡が、実質上の開基といえる。
中世以降、徳川家の菩提寺となるまでの歴史は必ずしも明らかでないが、通説では天正18年(1590)、徳川家康が江戸入府の折、たまたま増上寺の前を通りかかり、源誉存応上人と対面したのが菩提寺となるきっかけだったという。
貝塚から、一時日比谷へ移った増上寺は、江戸城の拡張に伴い、慶長3年(1598)、徳川家康によって現在地の芝へ移された。
風水学的には、寛永寺を江戸の鬼門である上野に配し、裏鬼門の芝の抑えに増上寺を移したものと考えられる。
また、徳川家の菩提寺であるとともに、檀林がおかれ、関東十八檀林の筆頭となった。
明治時代には半官半民の神仏共同教導職養成機関である大教院の本部となり大教院神殿が置かれた。
のち明治7年(1874)1月1日排仏主義者により放火される。徳川幕府の崩壊、明治維新後の神仏分離の影響により規模は縮小し、境内の広範囲が芝公園となる。
太平洋戦争中の空襲によって徳川家霊廟、五重塔をはじめとした遺構を失う大きな被害を受けた。
東京タワーの建設時、増上寺は墓地の一部を土地として提供している。
→増上寺ホームページ
最初の訪問時には写真を撮らなかったのでこのたび再訪致しましたが・・・・残念ながら工事中でして、なおかつカメラのバッテリー切れで・・・・・
大門 参道から山門を見る 山門(三解脱門) 工事中の本堂 随身門