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2010/05/05
z016  戒壇院 臨済宗大徳寺派 2008.8.6 参詣
818-0101 福岡県太宰府市観世音寺5-7-10
奈良時代の半ばの天平宝字5年(761)に聖武天皇の勅願により観世音寺の境内の西南部の一角に設置された戒壇院をその起源とする。
開山は唐僧鑑真である。渡航後の鑑真が初の授戒を行った場であるとされ、宗派を超えて僧が集うという性質から俗に八宗兼学寺とも呼ばれた。
以降西海道唯一の戒壇として興隆を続けたが、中世には衰退してしまった。
寛文9(1669)崇福寺 (福岡市)の智玄和尚によって本尊の修理が施され、黒田家の家臣鎌田昌勝の諸堂宇再興を経て、元禄16年(1703)に観世音寺から独立。
現在は福岡県福岡市博多区の禅寺である聖福寺の末寺として存続している。
現在の本堂は延宝8年(1680)天王寺 (福岡市)の了夢再建のものとされている。
観世音寺の方から入ったが、参道は県道から真っ直ぐ延びている。院号の石標も県道脇にある模様。
御住職はお留守であったが、あらかじめ書き込んであった御朱印を頂くことが出来た。
山門 山門脇の説明板 本堂正面 鐘楼 本堂に掲げられた院号額
境内にある菩提樹の木 地蔵堂 全景