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2016/12/07
z035 新日山 安国寺不動院 広島県真言宗教団別格本山 2008.11.17 参詣
732-0068 広島市東区牛田新町3-4-9 中国四十九院薬師霊場二十一番札所、
広島新四国八十八ヶ所二十五番霊場。
開基は行基とも伝えられており、創建年代や由緒については諸説あるが、本尊薬師如来像の様式から平安時代には創建されていたと推察されている。
足利尊氏、直義兄弟が日本六十余州に設立した安国寺の一寺で、安芸安国寺として、又、安芸国守護武田氏の菩提寺として繁栄した。
しかし、戦国時代には戦火により伽藍が焼失し武田氏も滅亡したが、毛利氏の外交僧安国寺恵瓊により復興、現代に残る文化財を造営した。
関ヶ原の戦いで西軍に組した恵瓊は処刑され、毛利氏も転封後、福島正則が芸備両国の大名として入国し、正則の祈祷僧である宥珍が安国寺に入り住持となった。
この時、宗派を禅宗から真言宗に改め、不動明王を本尊とし不動院と称した。後に浅野氏が国主として広島に入ると、浅野家歴代藩主の保護を受けた。
→不動院のホームページ
不動堂横の建物は境内案内図では納経所となっていたが、実際の納経所は寺務所横にある。
国宝の金堂はほぼ同年代と思われる下関長府の功山寺金堂とよく似ている印象を受けた。
この金堂は山口市の香積寺(跡地は現在の瑠璃光寺)から移築されたとも伝えられている。
市道脇に立っている院号石標 市道から参道を見る 国の重要文化財の楼門(仁王門) 仁王門前に立つ院号標 仁王門に立てかけてあった薬師霊場札

仁王門に掛けられた広島新四国八十八ヶ所霊場札 国宝の金堂正面から 金堂斜めから 国重文の鐘楼 納経所

不動堂 不動像

御朱印