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2010/10/01
Z065 八剣神社 旧村社 2010.10.1 参詣
807-0801 北九州市八幡西区本城2丁目1−56
祭神:日本武尊
創建:貞元元年(976) 例祭:10月10~11日
当神社の由来については、「筑前続風土記拾遺筑陽記筑前早鑑記太宰管内誌」に記載があり、次の二説が伝えられている。
その1:「第十二代景行天皇の御代、日本武尊が熊襲征伐の折り、この地に立ち寄られた。又、神功皇后も、この地で神祇を奉り武運の長久を祈られた。かかる霊地として、第六十四代円融天皇の貞元元年(976年3月)に、祠を建て日本武尊を奉斎した。」
その2:「三河守範頼が、この地に本城を築いた折り、平家追討の戦い安らかなるを祈願するため、下河辺庄司、渋谷庄司の両名に命じて、尾張(名古屋)熱田神宮より劔大神を勧請して奉祀した。」
いずれを創始とするか明らかではないが、ただ、この地に貝塚や多くの古墳が発見されていることから、既に、古代より人々の集落が形成され、又我が国の神社信仰の形態が皇室の祖先神人格神を祭神として奉祀し五穀豊穣鎮護国家を祈願してきたことからすれば、この地も、古い時代から至極当然のことであったと考えられる。
そして、その祠は、源範頼がこの地に本城を築城した際に、御神殿を造営し、御祭神を勧請したと見るべきであろう。
八劔神社の創始は、以上を考慮して貞元元年(976)であったと考えられるが、それより以前に古代の人々が劔大神を祭っていたのではないかと思われる。
なぜならば、御鎮座一千年祭が明治36年(1903)2月7日に執行されているからである。
昔の社地は、今の社地より西北十町のところにあり、永禄元年(1558)野火にあい、現在地にうつす。
神殿は、寛文9年(1669年)に改築し、現在の神殿は五年がかりの復御造営で享保元年(1716)に完成している。
(以上、境内の由緒書き看板より)
国道199号線沿いに大きな看板が出ており良くわかるが、駐車場はそんなに広くないので要注意。
時間帯をずらせば、すぐ傍にあるファミリーレストランのガストをベースにして参詣する手もありか?
小高い丘の上にあり、鬱蒼と木立が茂り、暑い最中に来てもひんやりとしたものを感じる。
国道沿いの大鳥居
(一の鳥居)
国道に出ている看板 大鳥居脇の石標 木立の茂る境内 参道正面

参道階段下から二の鳥居を見上げる 二の鳥居下から三の鳥居を見る 漸く階段を上がった 境内社 拝殿正面

本殿 拝殿に掛かった社名額 由緒書き看板 例祭案内板