Last Update
2011/01/08
Z073 一宮神社 2011.1.8 参詣
806-0030 北九州市八幡西区山寺町12-36
祭神:神倭伊波礼毘古命,建御名方命,大歳神
創建:不明 例祭:10月16日に近い日曜日
元王子神社: 古事記によれば神武天皇が豊前の宇佐から筑前の岡田の宮においでになり1年の間この所にとどまられ軍務を見られ所謂御宮居の地であります。
天皇御親ら祓いをされ地主の神をまつられたという礫をしきつめた社祠の跡が今も残って居ります。
この形式の遺跡は全国でも極めて数少ないもので、考古学的にも貴重な資料であり本社が如何に古代からの社であったかを物語るものであります。
昔は稀に見る大社でありましたが残念なことには、大友氏の兵火により焼失しました。
規模の宏壯であったことは数々の文献や遺跡によって充分窺い知ることが出来ます。
神領地は熊手は勿論、遠く穴生引野にまで及んでいました。
又神功皇后が洞海を過ぎられた時、三韓降伏を此の神社に祈られ、皇后崎から船出されたこともよく知られています。
宝物として天慶年間(今から約1000年前)に小野朝臣好古の駅鈴が今も伝えられています。
元大歳神社: 三代実録や続風土記に表れている古く、且つ由緒の深い壮大な社でありましたが兵火に会ったり没収のことなどのため衰微していました。
もともと熊手字港(現日本アルミ敷地内)にあって、新地のお宮として、又農業ゆかりの深い五穀の神として厚く祭られました。
たまたま大正13年1月21日に三菱の土地買収のため刑部田(現熊西公民館南側)に遷座され、又昭和16年8月2日に区画整理のため、今の一宮神社の北隣の地に遷座されました。
元諏訪神社: 花尾城主麻生氏が、信州の諏訪神社を刑部田(現御手洗公園敷地)に分祀し貞元のお宮として厚く祭られました。
殊に祭礼は非常に盛大であつたことが古文書に記されています。昭和15年8月8日区画整理のため遷座の折に王子神社に合祀されました。
諏訪神社は前記の理由で王子神社に合祀されましたが、ついで昭和25年6月28日に王子神社大歳神社の氏子の総意で両社を合祀して社号を一宮神社と称することになりました。一宮とは幾多の文献によると、もと王子神社が所謂一宮として郷土の尊祟の中心であり一宮と称されていたことによるものです。
(平成の祭データより引用)
八幡西区役所からほど近く、小高い丘の中腹にあります。
駐車場も整備されており、参拝しやすい神社といえます。
大鳥居と社号石標 駐車場から見た神門 駐車場にある由緒書き 境内社 神門から見た拝殿

拝殿 境内にある由緒書きだが・・・・