Last Update
2011/05/26
Z078 多賀神社 旧県社 2011.5.26 参詣
822-0016 直方市大字直方701
祭神:伊邪那岐大神、伊邪那美大神、八幡大神
創建:不明 例祭:4月中旬の金土日及び10月中旬の金土日
寿命の神として有名な多賀神社は、伊邪那伎大神(男神)伊邪那美大神(女神)の二柱の神を祭る。
この夫婦の神は、日本の国土山川草木を造り給ひ、八百万の神を生み給うた。天照大神の御両親に当らせらるる神である。
神世の事は詳かでないが、古く、日ノ少宮・日若宮と称へ、奈良朝時代には妙見大明神多賀大神とも称へた。
正平年間、征西将軍の宮、懐良親王大願主とならせ給ひ、菊地武光資を献じて社殿を改築した。
以来、親王武将、庶民の崇敬篤く、徳川時代に黒田家が直方を支藩とした時、高政、之勝、長清の三代に亘って、本殿以下末社鳥居能舞台に至るまで改築した。即ち、一の鳥居は黒田長清の建立。柱銘は貝原益軒の書である。
元禄4年、宮司青山敏文は禁裏に願ひ、もとの多賀大神に改めた。本殿の額は油小路大納言隆貞郷の染筆である。
10月の大祭中3年毎に執行さるる御神幸は、内容外観共に「日本一」の称あり、神馬に御神霊を戴き、錦蓋を奉戴して渡御される形式は國中に例がなく、古代の服飾をした数百人の供人がその前後に供奉する情景は、実に荘厳優雅な一大絵巻である。
(平成の祭データより抜粋)
直方駅のほど近くに鎮座する。車では裏側から登る道が整備されており、駐車場も非常に広い。
手水舎前には神馬、神牛の銅像がならび、大きな神門とともに隆盛を偲ばせる。
参詣時はあいにくの雨で他の参詣人の姿はまったくなかったが、かえって静謐な中でゆったりとした時間を過ごすことが出来た。
大鳥居 神門 神馬像 神牛像 拝殿正面

拝殿の扁額 境内社 社務所 社務所から見た拝殿

本殿 境内社(蛭子社) 境内の由緒書き