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2013/07/30
Z098 大富神社 県社、別表神社 2013.7.29 参詣
828-0011 福岡県豊前市大字四郎丸山田256
祭神:住吉大神、宗像大神、八幡大神
創建:崇神天皇の御代(?) 例祭:4月28日〜5月1日
現在は、大富神社と称するが、古来は宗像八幡社とも称され、大富神社神輿の古い鏡には大富ノ神とも宗像ノ神とも記されているという。
はじめ、真早という者が宗像三女神の神託が下されたのに始まり、宗像神社宝鏡記によると白鳳元年(671年)、山田庄長横武某に住吉大神・八幡大神の神託が祀ったという。
社伝によると、崇神天皇の時代、この地で疫病が流行したが、国主が当社神主に祈祷させると速やかに治まったという。
延喜式神名帳の記載はないが、日本三代実録の貞観2年(860年)10月3日条には豊前国大富神に従五位下を授くとある。
当地(山田庄)には平安末期頃、宇佐神宮の弥勒寺(神宮寺)があり、宇佐神宮との関係が深い。
境内には、古来宇佐宮への勅使がこの地に宿泊する際に水を汲んで供した「勅使井」と呼ばれる井戸があり、現在でも神職が宇佐宮にこの井戸の水(御神水)を持参している。
国道10号線沿いに大きく看板が出ており、看板の交差点を曲がると正面に一の鳥居(大鳥居)が見える。
大鳥居をくぐってしばらく潮苦心すると右手に入る道があり、その道の右手に境内が広がる。
境内正面に広い駐車場がある。
本殿は拝殿に比べると結構大きめで嘉永5年(1852年)の建造。
本殿の軒は桔木(はねぎ)構造であるが、通常の一本の拮木で軒を支えるのでなく、桔木を二重に使って軒を支える独特の構造で、便宜的に「はかり桔構造」と名づけられ、全国的に見ても建築学的に貴重な軒構造とされている。
夏越祭の準備か、兼題にはテントがいくつも張られていたが、社務所にはどなたもいらっしゃらないようで御朱印は断念。
二の鳥居 鳥居下から拝殿を望む 拝殿に掛けられた社名額 儀式殿? 拝殿右手から

本殿 境内社 手水舎

神楽殿 社務所(授与所) 拝殿左手から