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2010/05/23
Z003 湯島天満宮 旧府社、別表神社 2001.3.3 訪問
2008.8.10 再訪
113-0034 東京都文京区湯島3-30-1 東京メトロ千代田線「湯島」駅下車徒歩2分
祭神:天之手力雄命、菅原道真公
創建:雄略天皇2年(458) 例祭:5月25日
通称湯島天神
湯島天満宮は 雄略天皇の御宇(ぎょう)二年(458年) 勅命により創建と伝えられ、天之手力雄命を奉斎したのがはじまりで、降って正平十年(1355)二月郷民が菅公の御偉徳を慕い、文道の大祖と崇め本社に勧請しあわせて奉祀した。
文明三年(1478)十月に、太田道灌これを再建し、天正十八年(1595)徳川家康公が江戸城に入るに及び、特に当社を崇敬すること厚く、翌十九年十一月豊島郡湯島郷の内五石の朱印地を寄進し、もって祭祀の料にあて、泰平永き世が続き、文教大いに賑わうようにと菅公の遺風を仰ぎ奉ったのである。

その後、学者・文人の参拝もたえることなく続き、林道春・松永尺五・堀杏庵・僧堯恵・新井白石などの名が見える。将軍徳川綱吉公が湯島聖堂を昌平坂に移すにおよび、この地を久しく文教の中心としていよいよ湯島天満宮を崇敬したのである。  
明治五年十月には郷社に列し、ついで同十八年八月府社に昇格した。
明治維新以前は、上野東叡山寛永寺が別当を兼ね、喜見院がその職に当たった。
元禄十六年(1703)の火災で全焼したので、宝暦元年(1704)将軍綱吉公は金五百両を寄進している。

明治十八年に改築された社殿も老朽化が進み、平成七年十二月、後世に残る総檜造りで造営された。
→湯島天神のホームページ
上野や秋葉原から近いにもかかわらず、2001年3月に訪問したのが初めてでした。
ちょうど梅の満開時期で多くの参詣客で賑わっておりました。
再訪問は夏の暑い盛り、お茶の水から歩いて参詣・・・・汗だくでした。
参道(女坂)脇の社号石標 本殿 参道より正面鳥居を望む 拝殿正面 拝殿


由緒書き

名物の白梅が満開

パンフレット(表)

パンフレット(裏)
御朱印