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2010/05/23
Z015 高見神社 2008.4.15 参詣
805-0016 北九州市八幡東区高見1-1-1
祭神:天御中主大神、高御産巣日神、神産巣日神、可美葦牙彦遲神、天之常立神、國之常立神、豐雲野神、
    天照大神、天忍穗耳命、皇孫瓊瓊杵命、彦穗穗出見命、鵜萱葺不合命
創建:不明 例祭:10月16日17日
高見神社は神功皇后の親しく奉斉せられた神社として伝えられ、「高見大神宮御縁起」には高見大神宮と称され、文久2年建立の鳥居の額束にも高見大神宮と刻されて、遠賀、鞍手二郡の郡代役所より奉幣がなされ、御造営には郡の御備米があてられた近郷高見神社の本宮である。
仲哀天皇は熊襲と朝鮮平定のため筑紫へ行幸なされましたが、崩御されましたので神功皇后みずから神主となり、天神地祇に戦勝を祈られた。天照大御神、住吉大神の「我和魂は玉身に服ひて寿命を守り、荒魂は先鋒となりて師船を導かん」御神託により、新羅、百済、高麗を征伐された。
岡県主熊鰐は神功皇后さまを山口県豊浦に迎え奉り御船に神籬を立て、三種の神器を奉斎し、洞海湾にお導き申し上げ、戦勝祈願のため洞海湾岸の小山、大字尾倉字高見〔現スペ−スワ−ルド西側〕に天神皇祖神十二柱をお祀りしたのが高見神社の創始と言われている。
明治29年官営八幡製鉄所建設にあたり、高見神社も同所用地となり、明治31年尾倉の豊山八幡神社の宮前に御遷座されました。37年間同地に鎮まりましたが、八幡製鉄所では高見神社の御神威をかしこみ、守護神御奉斎の気運がたかまり、昭和8年国民の久しく待ち望まれた皇太子御生誕と日本製鉄株式会社創立を慶機として、高見神社御造営を誓い、大字大蔵字入地の高見〔現高見町〕に天保3年建立の御社殿を遷し、八幡製鉄所をはじめ信奉者一同の奉仕と浄財により、10年の歳月を要して新たに昭和の代表的な総檜木流れ造りの神社が御造営された。
→高見神社のホームページ
「現在の社殿は昭和9年より3期10年の工期で、内務省神社局の設計により官幣大社規模で造営された昭和の代表的な木造神社建築である。」ということですが、旧無格社にもかかわらず規模も立地も壮大で、最近訪問した神社の中では最も神社らしい雰囲気を醸し出していると思えます。
ちょっと歩いただけで汗ばむような春の陽気の日に参詣したのですが、木々に囲まれた境内にはいると汗がすっとひいていくような清々しい気持ちになれました。
駐車場脇に立つ由緒書き 参道下から二の鳥居を見上げる 二の鳥居下から回廊門を見上げる 全景 拝殿

儀式殿 天の真名井(御神水) 本殿 交通安全ステッカー

パンフレット 御朱印