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2010/05/24
Z030 下谷神社 旧郷社 2008.8.10 参詣
110-0015 東京都台東区東上野3−29−8 地下鉄銀座線「稲荷町」駅下車徒歩2分
祭神:大年神、日本武尊
創建:天平2年(730) 例祭:5月11日に近い金土日曜日
大年神は天照大神の弟素盞雄尊の御子で五穀を主宰し厚く産業を守護し、倉稲魂命共にひろく「お稲荷様」として祭られている神様です。
日本武尊は第12代景行天皇の皇子で智仁勇を兼備え諸国を平定しされました。
当神社は、聖武天皇の御代の天平2年(730)に峡田の稲置らが、大年神・日本武尊の御神徳を崇めて上野忍ヶ岡の地にこの二神をお祀したのが創めであると伝えられています。
天慶3年(940)藤原秀郷が相馬に向うとき当神社に参籠して朝敵平将門追討の祈願をし、その平定の後報恩のため社殿を新に造営しました。
寛永4年(1627)寛永寺を建立するに当り、社地を上野山下に移されましたが狭いので延宝8年(1680)更に広徳寺門前町に替地して社殿を造営しました。
当神社は昔から「正一位下谷稲荷社」と云われていたので、この時からこの町を稲荷町というようになりました。
明治5年(1872)に神社名を「下谷神社と」改め、翌6年郷社に昇格しました。
大正12年(1923)大震災のため、社殿を悉く焼失したので、とりあえず仮社殿に遷座しましたが 昭和3年(1928)土地区画整理により改めて社地を現在の所に定め、同6年社殿造営の工事を始め同9年完成して遷座しました。
その後東京は戦争の災禍に遭いましたが、当神社は御神体御宝物はもとより、社殿全建物に聊かの損害もなく、平成5年には社殿屋根の修復、平成10年には床の補修工事を終えその荘厳さを保ちつつ現在に至っています。
尚、当神社は寛政10年(1798)に江戸で初めて寄席が行われた由縁の地で、境内には「寄席発祥の地」の石碑が建立されています。
(ホームページ由緒より要約)
→下谷神社のホームページ
鳥居の前は何度も通ったことがあるのですが参詣したのは今回が初めてでした。
大通りに面した大鳥居 大鳥居下から 全景

拝殿 拝殿に掛けられた社号額 寄席発祥の地の石碑