山口県の概要

面積 6,110.94km2
男人口 707,435人
女人口 790,419人
総人口 1,497,854人(2005年7月1日現在 前月比423人減)
 
市町村数 13市19町1村
 
県の花 夏みかんの花
県の木 アカマツ
県の鳥 ナベヅル
県の魚 フグ
 
概要 山口県は本州最西端に位置する中国地方の県。県庁所在地は山口市。周防国と長門国から「防長」(ほうちょう)とも、「長周」とも呼ばれる。
県中央部には中国山地の先端がかかっており、日本海側から内陸部にかけては冬季に積雪が見られる。特に内陸部にかなりの積雪がある。瀬戸内海側は一年を通して比較的温暖な瀬戸内式の気候である


歴史 古くは大陸文化の窓口として栄え、綾羅木遺跡や土井ヶ浜遺跡などの弥生遺跡が多数残る。
奈良時代以降は、長門・周防の2国が設置された。
平安時代末期には源平合戦の最終決戦地となった。その内乱の際に焼失した東大寺を復興するため、重源の指導のもとで周防が東大寺料国となった。
鎌倉時代には、元寇の危機への最前線司令部として長門探題が設置された。
南北朝時代には、周防の大内氏と長門の厚東氏が防長の覇を競ったが、ほどなく大内氏が勝利した。
室町時代、大内氏の支配下で山口は日本最大の40万人都市として盛え、「西の京」とも呼ばれた。
雪舟、ザビエルなどが訪れたのはこの時代で、県内に多くの史跡を残す。
関ヶ原の合戦の後、西軍に加担していた毛利氏は、減封されて防長2州に押し込められ、幕末までは毛利氏の支配が続いた。
幕末には奇兵隊を率いた高杉晋作らの活躍があり、明治維新の原動力としてその名を残す。

山口県は政治色が強い土地柄とも言われ、初代内閣総理大臣伊藤博文をはじめ、戦後に限っても総理大臣を務めた岸信介、佐藤栄作の兄弟、宮本顕治(共産党元議長)、厚生大臣、大蔵大臣を歴任した林義郎、民主党の代表を務めた菅直人、元文部科学大臣の河村健夫、現内閣総理大臣の安倍晋三など、政治家を多く輩出している。